映画: 「ラン・ローラ・ラン」

映画、「ラン・ローラ・ラン」を見ました。



ジャケットのように赤毛の女性がベルリンの街を疾走します。
当然、疾走はさまざまなものとの接触を生み出します。
肩がぶつかる人、疾走に目を奪われてトラブルを起こす車。
ローラの疾走が、まるで他人の人生を歪めて行くように物語は進行します。
しかし、ある出来事を境に、ゲームをリセットしたかのように物語は始めのシーンへと戻ります。そして、先ほどまで見てきたシーンが、少しだけ違ったかたちで繰り返されます。そして、それは、さらにもう1回繰り返されます。

そのとき、ふとある想いが浮んできます。
様々な接触を通して人生を歪められたのは、ローラの方だったのではないか。
あるいは、一人一人の人生は、都市のような関係の総体の中に浮かび上がる儚い偶然の産物なのではないかと。・・・・

映画自体の解釈や吟味は、これからゆっくりと楽しみたいと思いますが、鑑賞の途中で、建築に関する2つのことを思い出していました。
1つは、思い出すというより画面に実際にチラッと登場するジャン・ヌーベルのギャラリー・ラファイエット。



ギラギラとガラスが乱反射する官能的な室内と、禁欲的なグレーガラスによる外観の対比が印象的な建物です。

もう1つは、クリストファー・アレグサンダーの「都市はツリーではない」という論文です。
物語の中で描かれた救急車、ガラスを運搬する業者、疾走するローラという3者の交わり方は、幾つもの可能性があり、その何れの可能性においても、3者の人生の結果は大きく異なる場合があるという世界観は、人の一生のあり方を通してセミラティスとしての都市を間接的に描いているようにも観れました。

建築話への大きな逸脱になりましたが、テンポ、映像など十分楽しめるお勧めの映画でした。







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